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フラットな組織における「ありがとう」の誤用

組織に必要なのは、地位ではなく役割

「一人が決める」のではなく、「全員で決める」組織は、フラット型組織です。代表者がいないフラット型組織は、メンバーの立場は対等です。この対等さは、メンバー一人一人に地位ではなく、役割があることで保たれています。

組織には意思決定の型がある

フラット型組織というのは、意思決定を行う際に、構成員が「一人一票」の権限を持つ組織形態のことです。フラット型組織にも代表者はいますが、それは主に対外的な代表者で、内部に対しては、特権を持っていません。

多くの企業がトップダウン型(トップに意思決定の権限が集中)なので、このフラット型組織に、日本人は慣れていません。対してNPO法人など、非営利組織には「フラット型」が多いです。

「場づくり」に取り組む人のなかには、「代表が全部決めるのではなく、みんなでやりたい」と考える人も多いでしょう。でも「フラット」は分かりにくく、経験を積む機会も限定的です。明確な自覚なく「なんとなくやっている」というパターンが多いです。そのため、様々な誤解が存在しています。

対等な関係における「ありがとう」の使い方

その中で、今回は「ありがとう」という言葉の誤用を取り上げます。

話を簡単にするために、「キャンプでカレーを作る」のを、ひとつのプロジェクトと見立てて話を進めましょう。あなたはキャンプでカレー作りを担当しています。

メニューは、
・ご飯(Aさんの担当)
・カレー(Bさんの担当)
・サラダ(あなたの担当)
の3種類です。

カレー作りと言っても、あなたの担当はサラダを作ることです。野菜を刻んで、ドレッシングを作って、綺麗にもりつけました。

カレー担当のBさんに「サラダ完成しましたよ」と声をかけると、あなたに向かって、Bさんが言いました。

「ありがとう!」

さて、あなたなら、どう思いますか?

どう思うもなにも、どういたしましてとかでいいんじゃないの…?もしかすると、そんな風に、思われるでしょうか。

でもね、あなたとBさんはフラットなんです。あなたはBさんの下で働いていたわけではありません。だから、「了解です」とか「こちらももうすぐです」とか、「おつかれさま」とか、そういう言葉ならおかしくありません。

でも「ありがとう」は、ちょっと変なのです。まるで「してあげた」みたいでしょう?やっぱり、サラダよりカレーが偉いのでしょうか?Bさんがリーダーで、あなたやAさんはその下?

キャンプでカレーを作るなら、他にも様々な役割があります。

・まきの調達とまきわり
・かまど作り
・火起こしと火の番
・食器の用意

細かなところでは、まだまだあります。「全体を把握する係」も必要ですし、「会計」も要りますね。

「地位」と「役割」は違うもの

この話のポイントは、言葉尻を云々することではありません。「地位ではなく、役割だ」ということです。

Bさんは、がんばってカレーを作っていたのでしょう。(メインディッシュですからね。)それで、サラダをあなたが作ってくれたので、感謝の気持ちで、「ありがとう!」と言ったのかもしれません。

でも、一人ひとり、お互いに役割を持っているのです。そして、対等です。役割に上下はありません。みんなで進めるプロジェクトには、様々な役割があって、全員でそれぞれに役割を担っています。これが「フラット」ということです。

フラット型組織では、「代表」でさえ、一つの役割に過ぎません。

曖昧さが自治に混乱をうむ

「ありがとう」という言葉そのものは、僕もよく使います。

でも、その人がその人の役割をこなしたからといって、いちいち「ありがとう」とは言いません。ちょっとしたこだわりみたいですね(笑)。

でも、個人的なこだわりではないんです。小さなことを大切に扱い、一人ひとりの立ち位置が曖昧になること、丁寧に避けているのです。

れんげ舎は、子どもたちの集まりもフラット型の自治組織です。本人たちは「フラット型」などという言葉も概念も知りませんが、「みんなで決めて、みんなで楽しくあそぶ集まりだ」と知っています。

歌の時間があるのですが、そのときには歌詞の書かれた模造紙を、黒板に磁石で貼ります。(ちなみに僕はギター伴奏担当です!)そうすると、まだ若い指導員(そう呼ばれています)が、子どもに向かって、こう言ってしまうことがあります。

「ありがとう!」

終了後の感想会という集まりで、僕は必ず指摘します。
子どもはね、自分たちで歌を歌いたくて、必要だから模造紙を貼った。
指導員の代わりにやったんじゃないから、黙って見ていていいんだよ。

同じように「子どもが◯◯してくれた」という言い方も多いです。こういうのは、収まりがいいせいか、よく出てきます。(こうした「常套句」には、しばしば混乱が隠れています。)

大人が「よくわからない混乱した立ち位置」から、子どもに対して、感謝したり、評価したりしてしまう。子どもたちの自発的な活動を、結果的に大人が疎外してしまいます。

フラット型組織の運営は楽しい

先ほども書きましたが、僕だって「ありがとう!」と言います(笑)。

子どもが、「ねぇ見て、これ描いたからあげる」と絵をくれる。
「なんの絵?」「◯◯だよ」「そうなんだ、ありがとう」

先のキャンプにしても、自分の担当をだれかが手伝ってくれたら、
「ありがとう、助かる!」と言います(嬉しいですよね)。

でも、そうした「感謝の気持ちを伝える」ということと、役割に暗黙の上限があるようなふるまいをすることは、別です。

相手と自分は対等なのに、許可を求められてしまう。(あるいは、許可を求めてしまう。)
権限が対等なので、許可を求められても、応えようがありません。

もうめんどうくさくなって、つい「いいよ」と言ってしまう。忙しいときなど、僕もつい甘くなりがちです(書いてて反省…)。でもダメですね。丁寧にやらないと!

年下のメンバーががんばったから、「ありがとう」と言ってしまう。長く活動する人は、ついついそんな態度を取っていませんか?年齢やキャリアや活動にかかわる時間の長さ…、仲間である人たちを、そんな要素で比べて、上とか下とか、つまらないことを考えないこと。

一人ひとりを、お互いを尊重すること。新しく加入した人にしか出来ない役割もありますし、
長年いた人でも「初めての経験」をしています。

フラット型組織の運営の楽しさ、ポテンシャルの高さは、こうした客観性によってもたらされる自由さにあります。

(文・長田 英史)